ムムシュ王の墳墓。この墳墓に探検に行く調査隊、略奪者には太古の昔から災いが降りかかり、いずれも全滅していた。その墳墓に、今再び挑もうとする調査隊があった、、、
著者は今日泊亜蘭。
現代日本SFの黎明期に活躍した作家。
現在、新刊で
『最終戦争/空族館』
『光の塔』
『海王星市から来た男/縹渺譚』(本書)が読める。
『最終戦争/空族館』が短篇集。
『光の塔』が長篇と来て、
本書『海王星市から来た男/縹渺譚』は中篇集である。
その内容は短篇集同様、
SF、幻想譚、ユーモア、旧仮名遣いを駆使した歴史物、捕物帖
とバリエーションに富んでいる。
その形式も
ワンアイディアを活かした物と、
凝った構成の物とがある。
読み味が違う上に、構成も違い、さらに旧仮名遣いを使った物まであるので、
これ一冊でお腹一杯になる。
SF好きは勿論、
物語が好きな人な全てに勧めたい。
「縹渺譚」はオールタイムベスト級の作品なので必読だ。
旧仮名遣いが難しく感じるかもしれないが、読んでいればじきに慣れる。
是非挑戦して欲しい。
以下ネタバレあり
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作品解説
『海王星市から来た男/縹渺譚』は中篇7篇とショートショート1篇から成る。
(「浮間の桜」は一応連作中篇なので、それを考慮すると8篇となる)
ムムシュ王の墓
謎の力を発揮するムムシュ王の墓よりも、それを上回る阿兎ノ宮の方が謎すぎて、ハッキリ言って見所は少ない。
奇妙な戦争
著者の「光の塔」や、他の短篇を読んでいる事が前提にある楽屋オチ的な話。
脱力する。
海王星市から来た男
滅び行く世界と、謎のアメーバ(?)生物の描写がいいが、竜頭蛇尾な感じを受ける。
綺幻燈玻璃繪噺
旧仮名遣い調の文体が明治期の日本を文字で再現している。
敢えて中篇としてのオチを付けているが、ネタ自体はプロジェクトX的に長篇にも出来る物だと思う。
縹渺譚
流転する人生に翻弄され、浮き世を彷徨する男の幻想譚。
中篇ながら物語が紆余曲折する。
男が自らの目的を見出すまでの物語である。
幻想的で流麗な文章がロマンを産み、人生にとって最も大切なものは「目的」であると示唆している。
必読の名作である。
深森譚
直接的ではないが「縹渺譚」の続篇。
こちらは悔悟に身を悶える男が彷徨するSF幻想譚。
ファンタジックな装いがクライマックスで一変、伝奇アクションへと転調するのが凄い。
「縹渺譚」と「深森譚」そして完結篇で3部作となる構成だったそうだ。
浮間の桜
怪盗と刑事が丁々発止と掛け合いをする楽しい作品。
ミステリ的な仕掛けよりも、会話劇が魅力だ。
笑わぬ目
本書唯一のショートショート。
『最終戦争/空族館』に収録の「博士の粉砕機」と内容はほとんど同じ。
『最終戦争/空族館』『光の塔』と読んできて、本書『海王星市から来た男/縹渺譚』を読むと、最初の3篇で不安に成る。
しかし、その後の収録作が絶大的に面白いので始末が悪い。
特に「縹渺譚」は必読の一篇だ。
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恵美押勝って誰?
しかし、「縹渺譚」を読んでいて疑問に思う点があるかもしれない。
「恵美押勝(えみのおしかつ)」って誰?と。
勿論、知らなくても「前世的な歴史上の人物」と意識するだけでも読めるが、簡単に解説してみたい。
藤原仲麻呂(706~764)は淳仁天皇即位(758)における最大の功労者として大保(だいほう)に任命され、その時に恵美押勝と改名した。
しかし、前天皇である孝謙太上天皇が道鏡(坊主)を重用し、それを掣肘しようとした淳仁天皇を逆に武力で廃する。
(実質的にこの時、孝謙太上天皇は称徳天皇として再び即位)
その動きに反発して蜂起したのが「恵美押勝の乱(764)」である。
孝謙太上天皇と道鏡がデキていたという噂があったり、
恵美押勝が挙兵時に孝謙太上天皇の妹の夫・塩焼王を「錦の御旗」として立てたりしたが、
要するに皇統の継承者問題に絡む権力闘争である。
この辺の事情は非常に複雑且つ面白いものがある。
『天平の三皇女』という本に詳しいので、興味があれば読んでみる事をオススメする。
編者の日下三蔵は、本書収録の「縹渺譚」を「光の塔」と並ぶ今日泊亜蘭のベストと言える傑作と書いている。
確かにそうだ。
むしろ、日本SFの中篇としてもベストと言える一篇である。
幻想の淡いに浮かぶ希望を、是非とも読んで感じてみて欲しい。
さて、著者の代表作としては長篇の『我が緑は月』が残っている。
こちらも復刊される事を期待したい。
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さて次回は、デビュー作にしてベストの作品?映画『イレイザーヘッド』について語りたい。