映画監督デイヴィッド・リンチについて、自分なりにまとめてみたい。
人物紹介というより、私が観た監督の作品から受ける印象の解説なので多分に個人的視点を含んでおります。
なお、名前表記は主に
デヴィッド・リンチと
デ「イ」ヴィッド・リンチ
の二つが主流ですが、ソフトパッケージの表記が
デイヴィッド・リンチなので、そちらに準拠したいと思います。
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デイヴィッド・リンチ。
1946年1月20日生まれ。
アメリカ合衆国モンタナ州出身。
映画監督作品は
『イレイザーヘッド』(1977)
『エレファント・マン』(1980)
『デューン/砂の惑星』(1984)
『ブルーベルベット』(1986)
『ワイルド・アット・ハート』(1990)
『ツイン・ピークス ローラ・パーマー最期の7日間』(1992)
『ロスト・ハイウェイ』(1997)
『ストレイト・ストーリー』(1999)
『マルホランド・ドライブ』(2001)
『インランド・エンパイア』(2006)
TVシリーズ監督作は
『ツイン・ピークス』(1990、1991、2017)
『オン・ジ・エアー』(1991)
他、ミュージックビデオやWEBアニメーション等、多数の映像作品がある。
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作品短評
個人的な印象による短評。
下線付きは題名クリックで個別ページに飛びます。
『イレイザーヘッド』(1977)
5年かけて作成されたとされるデビュー作。
色黒映像、常に鳴り続ける異音、そしてシュールで不気味な世界が悪夢的魅力を放っている。
後の作品にも共通する悪夢的世界が本作で既に観る事が出来る。
『ブルーベルベット』(1986)
リンチ監督の最初の興行的成功作と言える作品。
公開当時はセンセーショナルな内容で話題を集め、全米批評家協会賞等を受賞した。
平和で安全な世界の下に潜む、暴力、性倒錯、SM、覗き等の夜の世界。
これらの普段は見て見ぬ振りをしている淫靡な魅力を満天下にさらした作品。
『ワイルド・アット・ハート』(1990)
カンヌ映画祭(1990)でパルムドールを受賞。
暴力とSEXを前面に打ち出した作品。
内容はハチャメチャだが、セイラーもルーラも悪人では無い。
DQNな二人が、この映画の中ではまともな部類であるというのが笑える。
『ツイン・ピークス』(1990、1991)
日本でも一大ブームを巻き起こしたTVシリーズ。
美少女の死により、平和な田舎町に潜む闇の部分が徐々に明かされてゆく。
謎が謎を呼ぶサスペンス、
奇妙な夢の「赤い部屋」と、不思議なミステリーに溢れている。
また、事件の捜査が進む一方、素っ頓狂で個性的な町の面々が繰り広げるドタバタ劇が一種独特なユーモアを産んでいる。
謎とシリアス、そしてユーモアのバランスが素晴らしい傑作TVシリーズ。
『ツイン・ピークス ローラ・パーマー最期の7日間』(1992)
大反響を巻き起こしたTVシリーズ『ツイン・ピークス』の劇場版。
観客は中途半端に終わったTVシリーズの続きを希望していたハズだが、本作品で描くのは前日譚。
当時は、観客の期待を裏切ったとして酷評されたそうだが、
現在、この映画をフラットな視点で観た場合、
絶望をねっとりとしつこく描きだした本作は傑作と言える作品だ。
『ロスト・ハイウェイ』(1997)
観客の頭の上に「?」を植え付ける、摩訶不思議な作品。
カメラが嫌いだという男は「起こった事を、自分の好きなように記憶していたい」と言う。
その男が直面する悪夢的世界が前代未聞の展開を見せる。
『マルホランド・ドライブ』(2001)
カンヌ映画祭では監督賞を受賞。
また、主演のナオミ・ワッツが高く評価され、彼女にとっても転機となった作品。
憧れの都ハリウッドにて描かれるドラマ。
愛と夢、ミステリーとサスペンス、そして奇妙なユーモアと哀愁漂う大傑作。
いろいろな謎や小ネタがちりばめられており、観る度に新たな発見があるのが面白い。
『インランド・エンパイア』(2006)
初見では必ず眠ってしまうという曰わく付きの映画。
ザラザラの映像、繰り返される人物のアップ、
そして描かれるはやっぱり悪夢、
しかも今回は3時間の特盛りである。
映画として観ると意味不明だが、
これは映像パズルなのだと理解すると、そこから作品の読み解きが可能になる。
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デイヴィッド・リンチ作品と人物
(デイヴィッド・リンチ作品の内容に触れている部分もありますので、ネタバレに敏感な方はご注意下さい)
デイヴィッド・リンチ作品の特徴としてあげられるのは、悪夢的世界、不条理、ミステリー、SEX、ヴァイオレンス、そしてユーモアである。
そして、愛憎渦巻く奇妙な世界は淫靡でありながら魅力的で、謎とミステリーが複数回の観賞を促す。
その作風はデビュー作から既に完成されていた。
自分の内より湧き出る描きたいものが、確固として存在し、それを表現する為に映像を作成しているのだろう。
カルト映画と言われたデビュー作の『イレイザーヘッド』。
制作中は資金難に喘いだが、作品の人気により、次作の『エレファント・マン』を撮るに至る。
この『エレファント・マン』もヒューマン・ドラマとして高く評価される。
アカデミー賞でも8部門のノミネート。
そして、120億円もの制作費をかけてSF超大作『デューン/砂の惑星』を手掛ける。
…だが、これが大不評。
原作小説の『デューン/砂の惑星』はSF大長篇であり、これを限られた映画の時間内で表現する場合、どの部分に注力するのかというチョイスが必要になる。
ここでリンチ監督は、観客が望む「SF映画」というより「自分の趣味」を優先して作品にしてしまう。
作家として、自分が作りたい物を作るという矜持はデイヴィッド・リンチ監督の特徴でもある。
しかし、このプライドは120億という制作費を無駄にしたと言われても過言ではないだろう。
そんな大失敗を犯した監督に次の仕事が舞い込むのか?
それが、舞い込んだのである。
『ブルーベルベット』の脚本を読んだディノ・ラウレンティスは是非映画化したいと前向きな姿勢を見せる。
そして、作品制作を完全に自分のコントロール下に置くため、リンチは自らのギャラと制作費を当初の半分にする事で契約を結ぶ。
これはおそらく、大金が絡んだ『デューン/砂の惑星』での経験がそうさせたのだろう。
お金が絡むと人も絡む。
すると、あれやこれやと口出ししてくる人物が出てくるのだ。
その事は『マルホランド・ドライブ』での映画監督アダム・ケシャーが資金提供者に主演女優をゴリ押しされるシーンに象徴的に描かれる。
そうなれば、作品が自分の思う様なモノにならず、自らも納得出来ないものになる。
作品作りの情熱が失われてしまうのだ。
それは、作品の完成度にも影響する。
実際、リンチの「コントロール度」と「熱量」が高い方が作品自体の評価も高くなっている。
『デューン/砂の惑星』しかり、
『ツイン・ピークス』終盤しかり。
閑話休題。
そうして作られた『ブルーベルベット』は、そのセンセーショナルな内容でまたも話題となる。
平和で普通の日常が、薄皮一枚剥がすだけで途端に悪夢へと様変わりする。
この、「日常の裏に潜む悪夢」というモチーフは以降の作品において確たるテーマとして繰り返し描かれて行く。
デイヴィッド・リンチ作品の悪夢がこんなにも恐ろしく、そして魅力的なのは、誰にでも起こり得る事であるからなのだ。
そして、物事の二面性、表と裏、平和でのどかな町が抱えるどす黒い闇の一面を描いた作品がTVシリーズの『ツイン・ピークス』である。
この『ツイン・ピークス』が大ヒット。
日本でも話題となり、主演のカイル・マクラクランやララ・フリン・ボイルがTVコマーシャルに出演してお茶の間にも親しまれた。
謎が謎を呼ぶストーリー。
ミステリーとサスペンス。
個性的な町の面々が織りなす人間模様。
陰惨な事件を捜査する一方で、ユーモアを持って日々生きて行く事も忘れず、
ドーナツ、コーヒー、チェリーパイ、
そして信頼出来る友との会話を楽しむ。
作品としての完成度が非常に高く、好評の内に第1シーズン(序章~第7章)が終わり、第2シーズン(第8章~)も熱狂を持って受け入れられ、スタートした。
しかし、一向に明かされない犯人に業を煮やした視聴者から「はやく犯人を明かせ」とリクエストが放送局のABCへと届き、
その期待に応えよとの要求が制作側に下される。
これにより、当初の予定を変更してローラ・パーマー事件の犯人が明かされる事になる。
だが、作品内の最大の魅力だった犯人の謎が明かされた事で訴求力が低下。
結局さらなる魅力を生み出す事が出来ず、視聴率が低下した『ツイン・ピークス』は打ち切りの憂き目にあう。
デイヴィッド・リンチでインタビューで語る。
「謎(犯人)を明かしたのは間違いだった」
「ローラ・パーマー事件は金の卵だった。私達は、金の卵を産むガチョウを殺してしまった」と。
人は謎が好きだし、私も好きだとリンチ監督は言う。
それを明かしてしまったら、作品が死んでしまうのだ。
この手痛い体験が元で、後の映画作品が謎に満ちた作品と成ったのだろう。
だが、『ツイン・ピークス』という作品に最も早く興味を失ったのは、誰であろうデイヴィッド・リンチその人である。
第2シーズンでリンチが監督するエピソードは、
開幕の「第8章」「第9章」
衝撃的な「第14章」
そしてその後は最終回の「第29章」に飛ぶ。
これは、ABC側のゴリ押しに業を煮やし、ふてくされているとしか思えない。
普通だったらクライマックスの「第16章」などは彼が監督すべきだっただろう。
恐らく、ボイコットしている。
そして、その理由は一般に向けては『ワイルド・アット・ハート』のディレクションで忙しかったと言い訳しているのだ。
『ツイン・ピークス』と制作時期や出演者が被っている『ワイルド・アット・ハート』。
これはカンヌ映画祭でパルムドールを受賞し、最早カルト作家というより巨匠の様な雰囲気になってきた。
しかし、内容の方はSEXとヴァイオレンスに溢れるロードムービー。
相変わらず人を選ぶ作風だ。
『オズの魔法使い』のオマージュがちりばめられているとは言え、『ワイルド・アット・ハート』のストーリーは分かり易く、そしてストレートに感情に届く、訴求力のある作品だった。
次に来るのは『ツイン・ピークス』の劇場版。
『ツイン・ピークス ローラ・パーマー最期の7日間』である。
志半ばで終わった『ツイン・ピークス』だが、リンチはこの作品にはまだ語るべきものがあると感じていたのだろう。
そして、TVシリーズの視聴者達は、あの消化不良のラストの続きが観られると喜んだに違いない。
…結局はぬか喜びだったが。
この『ツイン・ピークス ローラ・パーマー最期の7日間』においても、リンチ監督は観客の要望より自らの作りたい物を優先する。
かつての『デューン/砂の惑星』と同じ様に。
そこで描かれるのは死と絶望。
ハッピーエンドを望んでいた観客に「鬱」をプレゼントする徹底ぶり。
当時はキレた観客に酷評されたが、今観ると「リンチ作品最凶」として恐ろしい魅力がある。
『ツイン・ピークス』の前日譚であり、後日譚でありながら総集篇の意味まで持たせた器用な作品であった『ツイン・ピークス ローラ・パーマー最期の7日間』。
それは謎の解明の映画であったが、一転、謎でしか出来ていない様な作品として作り上げたのが『ロスト・ハイウェイ』である。
サスペンスが進んで行き、
何故か理解不能の現象が起こり、
説明されないまま悪夢の内に物語が終わる。
「謎こそ命」と言ったリンチ監督が、まさにその通りの映画を作った。
そしてこの作品で後の『マルホランド・ドライブ』『インランド・エンパイア』とも共通する作風を確立させたと見て良いだろう。
だが、『マルホランド・ドライブ』の前に、『ストレイト・ストーリー』というロードムービーも撮っている。
らしくない(?)ヒューマン・ドラマだ。
やはり、リンチといえど、常に青筋立てたままという訳でもないらしい。
そして『マルホランド・ドライブ』である。
これは2001年のカンヌ映画祭で監督賞を受賞している。
当初は、TVシリーズとして意図されていた。
だが、興味を示していたABCは結局は放映するつもりはないとリンチに宣告する。
これは恐らく、クリエイティブ面において制作側と放映側で意見が割れたものと思われる。
テコ入れと言う名の横槍の権利をABCは提示し、それをリンチが断ったのではないだろうか。
過去にはTVシリーズ『オン・ジ・エアー』を打ち切りにされた事もあり、
『ブルーベルベット』以降、制作決定権を握る重要性を実感し行使してきたリンチにとってそれは許されることではなかった。
結局、フランスの制作会社Canal Plusを入れて映画として完成を見るが、その本作こそがデイヴィッド・リンチ作品の最高傑作と言われる事が多いのが、また皮肉である。
確かに本作には『ツイン・ピークス』と共通する、TVシリーズ的においが存在する。
数多の登場人物。
錯綜する謎とストーリーライン。
そしてユーモア。
『ツイン・ピークス』で視聴者の心を掴んだ要素を、奇跡的に一本の映画にまとめ上げている。
元は映画ではなかったとは、とても信じられない完成度である。
素晴らしい映画であるのは事実だが、これがTVシリーズだったらどうなっていたのだろう?
もっとローラ・ハリングの活躍が観られたのだろうか?
だが、ナオミ・ワッツにしたら、『マルホランド・ドライブ』が映画としてヒットした故に、TV女優ではなく、映画女優としてその後躍進して行くのは運命的であったと言えるだろう。
そして、『マルホランド・ドライブ』が意図的に仕掛けたものとして、
[この映画の謎を解く、監督からの10のヒント]というものがある。
これは映画公開時、オフィシャルサイトに掲示され、パッケージ化された時にも挿入されていた「作品を読み解くヒント集」である。
確かに、作品を読み解く場合に役に立つ。
だが実は、作品のテーマを掴むだけなら知らなくても良いような小ネタな枝葉末節でもあるのだ。
それをわざわざご丁寧に提示してきたのは何故か?
それは、観客は謎が好きだからである。
そこに謎があると知らなければスルーする事でも、
これは謎ですよとわざわざ指摘されていれば、解かずにはいられない。
そういう心理を上手く突いてきたのだ。
この作品はさらに「リピーター割引」という特典もあった。
前回の半券を持ってくれば、1000円で観賞出来るというものだ。
本国でもやったのかは不明だが、Wikipediaに拠れば日本独自の企画の様だ。
上手い企画と言わざるを得ない。
私などはまんまと図にはまり4回は観に行った覚えがある。
陰キャのくせに、イベント上映にも参加して楽しかった。
つまり、謎の解明の為に複数回観賞するという行為に皆が明け暮れたのである。
そして、自らの解釈について「あーだこーだ」と議論する。
これがまた楽しかった。
こういう作品外での面白さまで喚起させた『マルホランド・ドライブ』はまさに傑作であった。
そして、現時点では最後の映画監督作が『インランド・エンパイア』である。
ヴェネツィア映画祭で栄誉金獅子賞、
全米批評家協会賞、実験映画賞を受賞している。
ここまで来ると、最早映画でも謎でもなかった。
この作品は映像パズルであった。
暗い劇場、心地よい椅子、
映し出されるのは粗い画像に意味不明なシーンの数々。
…皆が爆睡していた。
だが、初見殺しを乗り越え、映像パズルであると理解し、複数回の観賞を始めるとこの作品の面白さに気付いてゆく。
リンチ監督は映像を極力断片としてのみ提示している。
そして観客は、このシーンはここで繋がり、このセリフはこういう意味があると、いわば観客自身が映画の編集作業を行う事で、作品への理解を深めてゆく。
「付いてこれるものなら、付いてこい」というリンチ監督からのキャッチボール作品なのだが、
投げて寄越したボールが魔球なのだから始末が悪い。
そして2017年、劇場版から25年の月日を経て制作されたのが『ツイン・ピークス』の続篇、新シリーズである。
これは放送局をABCからショウタイムに移し、さらに全18話の作品制作ディレクションをも、リンチ側が握るという条件で作成されている。
まさに、理想的な状況での制作環境だが、この作品についてはまだ、言及できない。
ソフト化され、十分に楽しんでから語ってみたい。
さて、長々と個人的意見・感想を綴ってきたが、如何だっただろうか?
最初にお断りした通り、多分に筆者の身勝手な視点が混じっているので、その点はご寛恕願う。
だが、やはり、作品について語るのは、それを観る事と同等か、それ以上面白いものがある。
そして、語りを促す作品を作り続けるデイヴィッド・リンチという作家は、まさしく希有な存在であり、皆も彼の作品を存分に楽しんで欲しいと私は思うのだ。
収録作は『イレイザーヘッド』『エレファント・マン』『ツイン・ピークス ローラ・パーマー最期の7日間』『ロスト・ハイウェイ』『マルホランド・ドライブ』『インランド・エンパイア』の6作品
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デイヴィッド・リンチ監督作ではない、同原作の別作品もあるので注意
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さて、長かったデイヴィッド・リンチ特集もこれで終わり。