ミステリー小説『月下の蘭/殺人はちょっと面倒』小泉喜美子(著)感想  結果より過程が大事!?事件に至るまでのミステリー!!

 

 

 

久美子と要介は新婚夫婦。その久美子の姉は野分産業の社長と結婚しているが、妹に「姉は洋蘭と結婚している」と言われる程に蘭の栽培に没頭していた。二人が会いにいった時、温室の野分夫人は蘭の「人面花」を作りたいと言うのだが、、、

 

 

 

 

著者は小泉喜美子
2017年に多数の著作が復刊され、注目される。
代表作に
『弁護側の証人』
『血の季節』
『殺人はお好き?』
『殺さずにはいられない』
『痛みかたみ妬み』等がある。

 

1970年代~80年代にかけてミステリ作家、翻訳家として活躍した小泉喜美子。

現在、多数の著作が復刊されたが、本書もその一部。

「月下の蘭」と「殺人はちょっと面倒」を合本したミステリ短篇集です。

 

私が小泉喜美子を読むのは今回が初。

本書は「歌舞伎」や「能」などの伝統芸能をネタにストーリーを組み上げているそうです。

とは言え、

元ネタを知らなくても十分楽しめます。

勿論、知っていたならより楽しめたハズです。

さて、本作はジャンル的にはミステリと言えますが、
いわゆる「謎解き」や「犯人捜し」といった部分にはスポットが当たっていません。

むしろ、

犯罪に至るまでの過程、
情緒や状況、因縁といった部分の描写にハラハラさせられます。

 

各作品の初出は70~80年代。

そういう古さを感じさせない

軽妙な会話と分かり易い描写で読み易いです。

 

そんな読み易い文ながら、

ストーリーに込められた情念はギュっと詰まっています。

 

トリックばかりがミステリの華では無い。

情動、情念の描写であっても十分ミステリたり得るという事を教えてくれる、『月下の蘭/殺人はちょっと面倒』はそんな作品であるのです。

 

 

  • 『月下の蘭/殺人はちょっと面倒』のポイント

歌舞伎や能などの古典芸能を元にしたストーリー

情動や情緒の機微を描写するミステリ

リズムのある会話と読み易い文

 

 

以下、内容に触れた感想となっております

 


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  • 昔の作品の方が文が読み易いのか?

私は普段、SF作品を好んで読んでいます。

最近、「日本SF傑作選」というシリーズを読む事がありましたが、そこで50年近く前の作品を多数読ませて頂きました。

そして、40年前の本作を読んで思うのは、
昔の作品の方が、読み易く、リーダビリティがあるなという事です

現在、SFでもミステリでも、普段使わない難しい言葉や、ややこしい言い回し、
あまりにも現実離れした会話や設定が多数見られます。

それはそれで面白い部分もありますが、読むと疲れてストレスにもなります。

それに比べ、50年近く昔の作品は読み易いのが素晴らしい。

文章にリズムがある感じ、そして内容がシンプルで面白いのがいいのです。

「純文学なのだ!」と肩肘張ってお高くとまった作品ならいざ知らず、
エンタメ小説ならもっと楽しく読みたいなぁと思う今日この頃です。

 

  • 作品解説

収録作品を元ネタと絡めつつ簡単に解説してみます。

短篇というより中篇とも言える、全8作品です。

前半4作品が「月下の蘭」、
後半4作品が「殺人はちょっと面倒」に収録された作品です。

 

月下の蘭――春は花
「双面水照月(ふたおもてみずてるにつき)」のインスパイア作品。
歌舞伎の演目「隅田川続梯(すみだがわごにちのおもかげ)」の大切(おおぎり:クライマックス)であるが、独立した舞踊の演目として上演されるという。
法界坊と野分が合体した怨霊に要介が襲われる展開。

おぞましさを無視し、どうしても惹かれてしまうという思いに囚われるのは恋の盲目であるのか?
ミステリではありますが、幻想的な印象。

 

残酷なオルフェ――夏は星

「田舎源氏露東雲(いなかげんじつゆのしののめ)」のインスパイア作品。
『源氏物語』の翻案である「偐紫田舎源氏(にせむらさきいなかげんじ)」の挿絵の一場面が歌舞伎舞踊化し有名になったそうです。
古寺に向かう光氏と黄昏が鬼女に出会います。

劇中劇の「オルフェ」はフランス語由来、日本ではオルフェウスやオルペウスと呼ばれる事が多いです。
オルペウスは死んだ妻のエウリュディケを取り戻す為に冥府に下りますが、、、
展開は、日本神話のイザナギがイザナミに会いに黄泉比良坂を下る話と酷似しています。

嫉妬の愛憎劇が二転三転するのが面白い作品。

 

宵闇の彼方より――秋は蟲
能の演目「土蜘蛛」の翻案。
病に伏せる源頼光は土蜘蛛の襲来を受けるも、名刀・膝丸で切りつけ撃退し、土蜘蛛の総本山である葛城山までお礼参りに行く。

唯一私が、元ネタを事前に知っていた作品。
元ネタは源頼光が土蜘蛛の足を切り落とす(切りつける)が、
本作では水本頼雄が足を切断される。

幻想怪異譚の色濃い作品ですが、怪異のあるや無しやが結局分からないのが印象的で後を引きます。

 

ロドルフ大公の恋人――冬は鳥
「積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)」は歌舞伎舞踊の演目、常磐津節
天下を狙う大伴黒主と、彼に恨みを持つ小町桜の精の争い。

ロドルフ大公とはベートーヴェンのパトロンであったルドルフ大公の転化でしょうか?
これの元ネタが不明でした。

この作品も愛憎劇。
自らそれを清算する術を持たず、終わらせてくれる存在を望むが、「人を呪わば穴二つ」の連鎖になるのが哀しく切ない感じの読後感。

 

ラヴ・ホテル<瀧>にて
常磐津節、歌舞伎舞踊曲「忍夜恋曲者(しのびよるこいはくせもの)」通称、「将門」
将門の娘・瀧夜叉姫が、武将の大宅光圀を色仕掛けせんとする話。

現実では、女性の魅力に抗える男というのは皆無である。
(つまり、この作品の様な展開になります)
だから、お話として「将門」が残っているんですねぇ。

 

殺人はちょっと面倒
ここで言う累(かさね)とは、清元節、歌舞伎舞踊曲「色彩間苅豆(いろもようちょっとかりまめ)」の事だと思われます。
与右衛門は累と恋仲になりますが出世の為に累を捨てます。
累は妊娠しており、木下川堤で与右衛門に追いつきますが、そこにドクロが流れてきて、、、

ディオンヌ・ウォーリックは
ディオンヌ・ワーウィック(Dionne Warwick)の事と思われます。
ホイットニー・ヒューストンの従姉妹です。
残念ながら、どの曲かは特定出来ませんでした。

男と女が一時愛し合って、しかし、打算が絡み分かれるに至る。
女性視点の、執着が飽和し解脱するまでの心情を描いています。

 

夜のジャスミン
能の演目、謡曲「景清」
源平合戦の後、かつての平家方の武将の悪七兵衛景清は我が子と再会しますが、落ちぶれた自らの身を恥じ、追い返します。

昔日の憎悪が昇華されるに至るラストが鮮やかな読後感を残します。

 

空白の研究 A Study in Black
歌舞伎舞踊の長唄「鷺娘」
白鷺の精が恋に悩み、しかし最後は地獄の業火に焼かれる。

Wikipediaによると、現行の「鷺娘」の息絶えるラストはバレエの「瀕死の白鳥」の影響を受けていると言われているそうです。

作中言及される「白鳥の湖」はチャイコフスキー作。
主役は、性格が正反対の白鳥「オデット」と黒鳥「オディール」の双方を演じる。

演出者によって、ラストがハッピーエンドになったりバッドエンドになったりするそうです。

一瞬でも華やかに煌めき、しかし、そこから転落して行った夢の世界、
一方絶望的な現実から這い上がる決意を見せるラスト。

どちらが白鳥で黒鳥か、判断は読者に委ねられる幻想的なミステリ。

 

 

私の様に元ネタを知らずとも、情緒的なミステリとして十分楽しめます。

しかし、元ネタを知っていれば、「ああ、これをこうアレンジしたのね」と「読み」の楽しみが増える作品なのだと思います。

(登場人物の名前が、いちいち文字ってあるのが笑えます)

何も知らずに読み、
そして、原典に興味が湧けば、それに触れさらに楽しめる。

そうすれば、一度で二度美味しい、
『月下の蘭/殺人はちょっと面倒』はそういう楽しみ方が出来る作品です。

 

 


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さて次回は、真実はミステリより奇なり!?親書本『戦前日本のポピュリズム』について語ります。