「女性の形をかたどった冷蔵庫を出しませんか?」
その言葉を実現し、全米を実演販売で回り、会社に絶大な利益をもたらしてきたジョージ。その彼の前妻のナンシーが老い先短く、ジョージに会いたいとの事で、ぼくはメッセンジャーとなるのだが、、、
著者はカート・ヴォネガット。
アメリカの小説家。
SFのイメージが強いですが、短篇集ではそれに限らない印象を受けます。
主な作品に
『プレイヤー・ピアノ』
『タイタンの妖女』
『猫のゆりかご』
『スローターハウス5』
『スラップスティック』
『バゴンボの嗅ぎタバコ入れ』
『はい、チーズ』等がある。
長篇のSFの強いカート・ヴォネガット。
しかし、姉妹編の『はい、チーズ』ともども、
短篇集である本作『人みな眠りて』は、
SFに限らない、
しかし、一ひねりのアイデアとオチの効いた、
ウィットとアイロニーに溢れる作品集です。
私の中では、
短篇小説と言えば、
やはり星新一のイメージがあります。
読み味として本作は、
それに近いものがあります。
短篇という短い紙幅で語られる、
人生の悲喜こもごも。
ちょっと突飛な設定から入って興味を惹き、
身近な話題で共感性を起こし、
ひねりの効いたオチで唸らせる。
正に、短篇小説のお手本の様な作品達、
軽い感じで読めて、
それでいて忘れ難い印象を残します。
面白い短篇が読みたい?
それなら、本書『人みな眠りて』は絶対オススメです。
…ですが、
なんと、もうすぐ、
『カート・ヴォネガット全短篇』が全四巻にて刊行とこ事。
(勿論、本書の短篇も完全収録のハズです)
まぁ、
そのお高いハードカバーの試金石として、
本書を読むというのもアリですね。
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『人みな眠りて』のポイント
アイデアとオチの効いた短篇集
ウィットとアイロニーに満ちた人生模様
適度な分量で、サクッと読めて、面白い
以下、内容に触れた感想となっております
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情弱の末路
本作『人みな眠りて』は面白い作品集です。
作品自体も良いし、
一冊の本として統一感があるのも素晴らしいです。
しかし、
その幸せな読後感を嘲笑う様な情報が解説にて書かれていました。
近日(2018年9月)、
『カート・ヴォネガット全短篇』がハヤカワより販売決定!!
勿論、全短篇集なので、
本書の内容も含まれるハズです。
ショック、超ショック!!
これは完全に、
「全短篇集が出たら他の短篇集が売れなくなるので、その前に文庫化し、情弱を狙って多少の稼ぎを狙おう」
という魂胆が見え見えです。
知ってたら、
買わなかったかも?
いや、それ以前に、
情報を与えてくれて、買うかどうかの選択をさせて欲しかった、、、
その機会を奪っておいて、
最後の解説にて、
「全短篇集」の販売を告知する、、、
まぁ、
『カート・ヴォネガット全短篇』は
ハードカバーの全四巻。
第1巻は、2700円(予定:税抜)
なので、
全部集めたら12000円くらいかかる強気の値段設定。
それを鑑みると、
安価な文庫版まで待つのも一つの手。
それまでの繋ぎとして、
また、全短篇集を買うのかどうかの判断の一助にする為に、
本書『人みな眠りて』を読み尽くすのもまた一興。
「全短篇集」という形では無い、
文庫単品の作品集にも意味はあります。
しかし、
やはり、
解説でその事を知らされるという脱力感、
これがショックでした。
まぁ、現代社会において、
正確な情報を素早く入手する事の重要性を思い知らされた、
その勉強代だと考える事にします。
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収録作品解説
収録作品自体は素晴らしい作品ばかりです。
短篇、16篇から成ります。
簡単に、解説をしてみたいと思います。
ジェニー
まるで、ヴィリエ・ド・リラダンの『未来のイヴ』の続きの様な作品。
ジェニーはハダリー(理想の存在)であり、
近年では、
ボーカロイドとかを思い浮かべる主題です。
自分の思い通りの存在にかまけて、
現実の女性から目を背けた男の悲哀。
人生とは、
人と人との関わり。
それを拒否するのもまた、その人の人生。
それを突き付けられる事の不安と恐怖をも感じられる傑作です。
エピゾアティック
保険会社が崩壊したら面白いだろうなぁと、思った作品。
ちょっと、「世にも奇妙な物語」っぽい感じです。
百ドルのキス
「空気を読む」という文化には、良し悪しが語られます。
しかし、
やはりある程度円滑な社会生活を送るならば、
最低限度の「空気」を読む事は必須。
それすらをしない(出来ない)人間は一定数いますよね。
そして、そいつを殴りたい!!
チャゲアスではありませんが、「YAH YAH YAH」ですよ!
そういう意味で、
ある種の爽快感がある作品です。
人身後見人
なんとも、いわく言い難い読後感を残す作品。
自分の中で、ストーリーを作って、
それに酔い痴れているという意味では、
正にアル中の極み。
しかし人生、
想定通りに格好付けて終わるものじゃないんですよね。
スロットル全開
今も昔も、
オタク気質の人間が持つ悩みは同じなんですねぇ。
母、息子、妻、
それぞれの言い分に優劣をつけられないのが、
面白くも悩ましい所です。
そして、本作にもう一味添えるのは、
そのオタク気質を利用する、商売気たっぷりのハリーである。
店員さんのヨイショを真に受ける事の危うさと、
その店員さんが如何に常連相手に奮闘しているのかという描写も面白い作品です。
ガール・プール
人生の華を添えるのは、
安定したルーティンを崩す、少しの冒険。
女性の冒険と、
そして、読者の予想を崩す叙述トリックが、
登場人物と読者という、二者のルーティン(仕事:読書の定型)を崩します。
ルース
主観と客観を鮮やかに乗り越える、
このオチに心が安らぐ感じです。
しかし、
この先はまた苦労の連続ですぞ。
人みな眠りて
嫌だ、嫌だと言いながらも、
いざやったならキッチリ仕事をこなす人間はいます。
ハックルマンは、正にそのタイプ。
そのハックルマン、
三つ子の魂百までを言われますが、幼少の頃の習い性か、
ラストの叫び声が、そのまま純なキリスト教徒っぽいのが面白い所。
彼の精神は、
純なキリスト教的精神なのかもしれませんね。
欺瞞に満ちた世の中のフィルターで見ていたから、
彼を誤解していたのかもしれません。
消えろ、束の間のろうそく
こうなれば、こうなる、と、分かっているからこそ、
それを回避しようと予防線を張りますが、
それが毎回失敗するので、
終わらせ方すらも用意している、
正に無間地獄。
束の間、明るく人生を照らしたろうそくに、
消え方を指南している様なオチ。
自分を嫌われ者だと自覚している人間の悲哀が心を打ちます。
タンゴ
人生でも、家庭でも、社会慣習でも、
旧弊を打破するというのは並大抵ではありません。
ある種のショック療法が必要な時もあるんですよね。
ボーマー
身内のギャグを本気にされて、
それを真実の様に振る舞う事を余儀なくされる。
奇妙ですが、
ちょっとした冗談が、徐々に洒落にならなくなる過程がリアルかつコミカルに描かれています。
短さを活かし、スピード感溢れる展開がお見事。
その分、オチの切れ味も抜群です。
腎臓のない男
陰キャに絡む、コミュ力の高い陽キャの構造。
相手に強く出ても、
従来の人の良さにて、
相手を罵った事にすら後悔するという陰キャ特有の思考経路が哀しさを誘います。
ミスターZ
人との関わりがどう展開して行くのか?
予測不能だからこそ、そこに人生の面白さがあるのでしょう。
年に一万ドル、楽々と
自分の人生が未だ途中だと考えれば、辛い事にも耐えられる様になるのかもしれません。
まぁ、ある意味、現実逃避ですが。
金がものを言う
実際に第三の登場人物として、
いつの間にか、言葉の意味通りに「金」が喋っているという一発ネタ。
しかし、
ある意味正直さこそが大事だという事を訴えている作品でもあります。
ペテン師たち
自らの持つものより、
人の持っているものが羨ましく感じる、
他人の芝生は青いのです。
その劣等感で、
自分がペテン師の様に感じているのですね。
p.334あたりに書かれている、
妻が自分の芸術の理解者では無い事こそが、
自分にとって必要な事だった、
というのは何とも皮肉です。
しかし、本作は鮮やかな展開を見せます。
絵を交換し、
自分の絵が他人の芝生になった時、
真に自分の絵を客観的に観る事になり、
その時、自分の才能というものをフラットな目で見る事が出来た(劣等感を拭えた)のですね。
人目には解らなくとも、
本人同士はWin-Winで終わっているのが気持ちの良い作品です。
人生の喜怒哀楽を、
短篇小説という形に、見事に落とし込んだ作品集、
『人みな眠りて』。
面白さのみならず、
読み易さも共存している、
これは以外と希有な事です。
短篇小説のお手本の様な作品集と言えるでしょう。
*書籍の2018年紹介作品の一覧をコチラのページにてまとめています。
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