映画『ボイリング・ポイント/沸騰』感想  実録!?コレぞバチバチのブラック職場の現状だ!!

場所は、ロンドンの高級レストラン。時は、クリスマス前の金曜日。1年で最も繁盛する日のひとつである。
そこのシェフ兼オーナーのアンディは、妻子と別居し、事務所で寝泊まりの日々を過ごしていた。遅刻気味に出勤すると、衛生管理官の抜き打ちテストが終わった後で、評価を落としてしまった。更には、食材の発注漏れも見つかり、てんやわんやの中、オープンを迎える、、、

 

 

 

 

 

 

監督は、フィリップ・バランティーニ
俳優としてキャリアを開始し、徐々に監督業も手掛ける。
本作は、短篇として発表し、好評を得た
『Boiling Point』(2019)の長篇化である。
主演はスティーブン・グレアムで、ワンショットという形式も同じ。
他の長篇映画監督作品に、
『Villain』(2020)がある。

 

出演は、
アンディ/オーナーシェフ:スティーヴン・グレアム
カーリー/副料理長:ヴィネット・ロビンソン
フリーマン/コック:レイ・パンサキ
エミリー/パティシエ:ハンナ・ウォルターズ

ベス/支配人:アリス・フィーザム

アリステア・スカイ/ライバルシェフ、タレント:ジェイソン・フレミング 他

 

 

 

ワンショット、
つまり、
カット割りせず、編集せず、
長回しで、映像を撮影する手法です。

個人的に、印象に残っているワンショットと言えば、
『キル・ビル Vol.1』(2003)のゴーゴーレストラン(?)『青葉屋』のシーンです。

また、
カメラを止めるな!』(2018)では、
冒頭の37分間がワンショットシーンという驚異の長回し。

これは先日、
フランス映画、『キャメラを止めるな!』(2022)としてリメイクされました。

また、
(坂口拓)主演の『狂武蔵』(2020)は、
劇中の77分間が、アクションシーンでのワンカットで話題を呼びました。

 

そして、
何と本作『ボイリング・ポイント/沸騰』は、

95分間、全篇、ワンショットという狂気の沙汰。

 

 

舞台は、
レストラン内(とその近辺)という、
ワンシチュエーション。

故に、ワンショットが可能と言えば、そうですが、

しかし、
「料理」という、
ある種のアクションを繰り広げながら、
それを、全篇ぶっ続けでやり遂げるという緊張感たるや、
凄まじいものがあります。

 

そう、
本作の全篇にみなぎっているのは、

ブラック職場特有の、
バチバチ、ギスギスの緊張感です。

 

 

いやぁ、
この職場、この雰囲気、

共感出来ねぇような生温いヤツとは、
お話にならねぇなぁ!!

 

衛生管理官からお小言を貰う、
予約が殺到してクソ忙しい、
それなのにスタッフの人数が足りない、
それどころか、発注ミスで食材すら無い、
そんな状況で、料理評論家が来店!?

で、どうすんの?

やる、出来るって、言うしか無い、
自分にも、皆にも、言い聞かせる!

でた、根性論!!

 

で、実際に、
バタバタ片付けるというね…

 

正に、昭和の体育会系のノリ。

こんなの、
日本特有のブラック職場のノリだと思っていたのですが、
然に非ず。

いやぁ、
ブラックな職場って、
洋の東西を問わないンですねぇ…

 

監督は、
実は、舞台になった実在のレストラン「ジョーンズ&サンズ」にて
実際に働いていたという経歴の持ち主。

ここを、4週間借り切って、
その期間の売り上げを担保し、

入念にワークショップを行い、
役者達にも、実際に料理をして貰うという徹底ぶり。

コロナの影響で、
予定の半分、
リハーサルを含めて、
全4回の撮影の内、
第3回目のテイクを本篇として使ったのだそうです。

 

監督曰わく、
レストランでの労働環境の苛酷さを伝えたかったと言いますが、

正に、日本の外食産業も、
本作で描かれたブラックさと、同じ憂き目に遭っていて、
そのリアルさが、
ワンショットという撮影状況と相俟って、
まるで、
実録映画を観ている様な感覚に陥ります。

 

圧倒的疾走感と、臨場感、
ワンショット95分間で実現した驚異の映像体験をご賞味あれ!!

 

 

 

  • 『ボイリング・ポイント/沸騰』のポイント

驚異の95分間ワンショット

実録!?これが外食産業のブラック職場たる所以だ!!

意外と多い伏線

 

 

 

以下、内容に触れた感想となっております

 

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  • ブラック職場の実態!?

本作『ボイリング・ポイント/沸騰』は、
繁忙期のレストランを舞台に、

ワンショット95分間の全篇長回しで撮影された快作

そこで描かれるは、
外食産業特有の、
ブラック職場の実態です。

 

人間関係?
チームワーク?
そんなものは脇に捨て置け!!

怒声と罵倒が飛び交う、
バチバチの修羅場

お客様は、神様です。
お客様が沢山入って、繁盛するのは良いことです。

それは、建前なんだよ!!

客側の方が、
「自分は、神だ」と自称して、
無理難題ばっかり押し付けてくるんじゃねぇよ!!

 

おもてなしの気持ちなんて、
何処かに行ってしまう。

それは、
何より、余裕が無いから

コストカットで一番に削られるのは、
人的資源。

しかし、人員削減は忙しさアップに直結し、
結局、
ケチった分、売り上げは落ち、
それ故に、
更に人員削減し、
更に売り上げが落ちるという、
負のスパイラルに陥ります。

で、
職場全体がギスギスして、
人間関係が悪くなってしまいます。

結局、
人が仕事を辞める一番の原因は、
人間関係

ブラック職場が、
ブラック職場たる所以です。

本作の副料理長、カーリーの心が折れたのも、
それですね。

 

本作のアンディは、
オーナーシェフ。

店では、
シェフとして、料理長の立場であり、
経営も、担っています。

 

確かに、「自分の店」という看板は夢です。

しかし、
料理の腕は確かでも、
店舗経営は、また別の問題。

プライベートでのストレスを、
仕事に持ち込んでおり、

食材の発注漏れが続き、
HACCP(ハサップ、ハシップと言われる)の衛生管理の記録をサボって、
安全保障のランクを5から3に落とされる始末。

 

HACCP
(Hazard Analysis and Critical Control Point:危険要因分析に基づく必須管理点)
ざっくりと言うと、
食品における、危険要因の除去を、常時行う為の、衛生管理の基準であり、
日々の、記録の記述が求められます。

 

そんないい加減さでも、
キッチンでは絶大な権力を持ち、

パワハラ紛いの指示出しで、

スタッフはピリピリムード。

もう、作品の冒頭で、
職場自体が、全体的に、
「マジでキレちゃう5秒前」と言ったところ。

そういうブラック職場の爆発寸前の状況を、
題名として、
「ボイリング・ポイント」即ち「沸点」として表現したのは、
面白い所です。

 

又、
オープンキッチンのスタッフと比べ、

ホール係はお気楽に見えます。

しかし、
客側と直接の接点となり、
キッチンと客の板挟みとなる彼達にも、

それなりの苦労があると、
本作では、ちゃんと描かれています。

確かに、
中には、責任感の無い立場を満喫し、
バイト感覚でいちゃつく連中もいます。

しかし、
「客という立場」から上から目線で馴れ馴れしくするヤツ、
あからさまに人種差別して、
家族からも引かれるヤツなど、

様々な問題があります。

客の前では平静でも、
翻ったら「クソがぁ~」と、臍をかんでいるという実態も、
描かれていますねぇ。

 

本作を観て思った事、
それは、
ヤベェ、これ、私の職場じゃねぇか」です。

ブラック職場の実態を、
これほど的確に表したというのが、

正に、
全編ワンショットという緊張感が、

バチバチ、ギスギスの雰囲気を作り出す事に成功しているのではないでしょうか。

 

  • 意外と多い、伏線

そんな、ブラック職場の実態を描いた『ボイリング・ポイント/沸騰』。

結局、
職場の雰囲気を作るのはトップであり、
本作では、
アンディの失態が、
職場崩壊を招いているのです。

劇中、
アンディの、元、雇い主、
ライバルシェフで、タレントのスカイが、
「お前に経営能力が無いから、店が儲かって無い」と虚仮にしますが、

まぁ、確かに、
ムカツク言い分ですが、

実は、正しい事を言っていると、薄々、観客も気付いているというのが、
本作の面白い所。

 

そう、
実は本作、
ワンショットの臨場感の凄さもさることながら、
実は、
ストーリー展開というか、
伏線と、その回収ぶりも、面白いのです。

 

作品冒頭、
HACCPの衛生管理官に指摘を受け、
スタッフの怠慢(食品シンクで手を洗う、など)を叱ります。

更に、
ラベルを付けてなかった高級食材のイシビラメを捨てられ激怒。

「誰の仕業だ」とキレますが、
よくよく考えてみると、ラベルを貼り忘れていたのは、
自分(アンディ)だったというオチで、
スタッフ全員気まずい様子。

副料理長のカーリーはフォローしますが、
コックのフリーマンは不満も露わに仏頂面。

 

このアンディの状況、

注意漏れ、
発注漏れ、
他人の責任と思いきや、自分のミス

これが、
作品というか、
レストラン全体を修羅場を化す要因となっている事を、
本作は描いています。

 

先の、冒頭のイシビラメの件。

これは、
作品のラスト、
ナッツにアレルギー反応のある客に、
ナッツ入り食材を出してしまったという展開と直結しています。

作中、
何度もアンディは家族に電話し、
埋め合わせはする、愛している、謝る、
と、言っていますが、

それはというか、何事も、「口だけ」だという事を
この、ナッツアレルギーの一件にても、体現してしまうんですよね。

 

そして、
作中で「最も使えない」人物である、
洗い場担当のジェイク。

遅刻し、仕事中にスマホでサッカー観戦するという怠け者、
居るだけで士気が下がるこんな人物、何で、雇ってるの?

しかも、
仕事中、ゴミ出しついでにドラッグを購入するという意味不明さ。

これがラストシーンに繋がっているという衝撃。

 

ラストシーン、
仕事を辞めると決心したカーリーの宣言に打ちのめされたアンディは、

バックヤードに籠もると、
そこで、ヤケ酒と、
おもむろに、ドラッグの摂取を始めます。

あ!!(察し)

ジェイクは、
アンディにドラッグを回してたんですねぇ…
だから、首になってない、と。

 

本作というか、
レストランのブラック職場具合の責任は、
アンディが原因である事は、明白です。

コックのフリーマンがキレるのも、無理ないです。

しかし、
ラストのアンディの姿には、
もう、責める気持ちは湧かず、
愛想尽かした先の、
哀切さしか、残っていません

 

人間、負のスパイラルに陥ったら、
何処かで、それを断ち切る、
ドロップアウトをせねばなりません。

私もブラック職場を辞めた時は、
三度過労で倒れて、
次があったら、もう死ぬな、
と思って辞めたのですが、

辞めた後に、
おかしいという事に、気付いたものです。

その意味で、
ラスト、アンディが倒れたのは、
実は、
悲劇では無くて、

これまでの自分が死ぬ事で、
己を見つめ直す、
ある意味、再スタートの切っ掛けになるのではと、
私には、希望の片鱗として受け止められました。

 

馬鹿は死ななきゃ直らない、と言いますが、

ブラック職場も、
倒れなければ、見直せない、

という側面があります。

そう言った意味でも、
私の実体験も含めて、
本作のリアルさと、その共感に、
驚愕を覚えます

 

 

95分間、全編ワンショットという緊張感を利用し、

ブラック職場の修羅場の実態を余す所なく描き出した快作、
『ボイリング・ポイント/沸騰』。

その撮影手法を存分に活かした、

ストーリー展開、
伏線回収、
テーマ性、

そういう部分が上手く噛み合ったアンサンブルが、
傑作を作り出したと言えるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

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