映画『キャンディマン(2021年版)』感想  俺の名前を言ってみろ(5回)!!都市伝説で抉る社会の闇!!

アメリカ、シカゴのカブリーニ・グリーン地区。低所得者向けの住宅街だったのも今は昔、現在は、高級住宅マンションがそびえ立っていた。
そのマンションに恋人のブリアンナと共に暮らすアンソニー。彼はブリアンナの弟から、カブリーニ・グリーンに言い伝えられている都市伝説「キャンディマン」を聞かされる。
アーティストとして行き詰まっているアンソニーは、「キャンディマン」伝説にインスパイアされて作品を作るのだが、、、

 

 

 

監督は、ニア・ダコスタ
映画監督デビュー作は『ヘヴィ・ドライヴ』(2018)
次回作に、
キャプテン・マーベル』(2019)の続篇『The Marvels』(2022)。

 

出演は、
アンソニー:ヤーヤ・アブドゥル=マーティン2世
ブリアンナ:テヨナ・パリス

ウィリアム・バーグ:コールマン・ドミンゴ

アン=アリー・マッコイ:ヴァネッサ・ウィリアムズ 他

 

 

日本でも、すっかり定着した感のあるハロウィン。

しかし、
本来の趣旨とは逸脱して、
日本においては、
パリピのコスプレSEXナイトみたいなノリのイベントになっています。

しかし、
知っていますか?
ホラー映画においては、
性交した人間から優先して、殺人鬼に殺される事に、、、

 

と、
言う訳で、
ホラー映画『キャンディマン』です。

例年、
秋口から年末くらいまで、
ホラーやスリラー映画は豊富ですが、
今年は特に

死霊館 悪魔のせいなら、無罪。
『キャンディマン』
『ハロウィン KILLS』
『アンテベラム』
『マリグナント 狂暴な悪夢』
『ダーク・アンド・ウィケッド』
『ラストナイト・イン・ソーホー』

などなど
個人的期待作が目白押しです。

 

先鋒の『死霊館 悪魔のせいなら、無罪。』は面白かったですが、
次鋒の本作はどうでしょうか?

 

いやぁ、ちゃんと面白いですね。

先ず、
本作『キャンディマン』は、

都市伝説を基にしたホラーです。

 

「トイレの花子さん」
「人面犬」
「くねくね」
など、

都市伝説は色々ありますが、
本作で描かれる都市伝説は、

召喚系鏡系の都市伝説です。

 

本邦にも、

召喚系は、
元祖都市伝説&オカルトの「こっくりさん」とか、
こっくりさんの亜種である「エンジェル」とか、

鏡系は、
二十歳までに忘れ無いと死ぬと言われている呪いのワード「紫鏡」とか、
20何枚目に自分の死ぬ時の姿が映るとか言う「合わせ鏡」とかありますが、

本作は、その合わせ技というか、

鏡を見ながら、
名前を5回唱えると、
怪人が殺しに来る

 

という、
シンプルにしてディープ、直接的な恐怖。

寧ろ、
このワンアイディアで、
どの程度話を膨らませるのか?
そこに注目点が集まります。

 

そこで、注目が集まるのがストーリーです。

本作の脚本を手掛けた一人が、ジョーダン・ピール
コメディアン出身ながら、監督・脚本として
ゲット・アウト』(2017)
アス』(2019)という、

ホラーに、
社会問題を絡めた作品

 

を手掛けた人物であり、

本作も、
そのジョーダン・ピールの作風が、
色濃く反映されています。

なので、
ちょっとオチャラけたエンタメ系のホラーでは無く、
本作は、
ガチ寄りの真面目系ホラーとなっています。

 

さて、
この『キャンディマン』。

実は、
シリーズ4作目なんです。

『キャンディマン』(1992)
『キャンディマン2』(1995)
『キャンディマン3』(1999)

と、シリーズが続いています。

更に、初代の『キャンディマン』には原作があって、
それは、クライブ・バーカーの「禁じられた場所」に収録されている短篇小説『The Forbidden』です。

とは言え、
本作は、最近流行りの原点直結系の続篇。

簡単に言うと、
初代の『キャンディマン』(1992)とストーリーの関わりはありますが、
「2」「3」とは関係無いですよ、という感じです。

 

続篇が出る度に
「2の正統な続篇」と擦ってる「ターミネーター」シリーズとか、

『ハロウィン』(1978年版)の直接の続篇と謳った
ハロウィン』(2018年版)とか、

今年、年末に公開される
『マトリックス レザレクション』(2021)も、
シリーズを無視して、初代『マトリックス』(1999)の直接の続篇では、
と言われています。

因みに、
『マトリックス レザレクション』にて主要キャラのモーフィアスを演じるのは、
以前のローレンス・フィッシュバーンから、
本作の主演のヤーヤ・アブドゥル=マーティン2世が引き継いでいます。

 

まぁ、
初代のストーリーの続篇的な立ち位置とは言え、
本作、
初代を観て居なくとも、
全く問題無く楽しめます

本作がシリーズ推しでは無いのは、
そういう理由だからだと思われますね。

 

社会問題に都市伝説を絡めた真面目なホラー、
『キャンディマン』。

鑑賞後は、
劇中の殺人鬼もさることながら、
寧ろ、
社会の闇と問題点の方に、より強い嫌悪を感じる事になる作品と言えます。

 

 

 

 

  • 『キャンディマン』のポイント

都市伝説+社会問題ホラー

続篇的でありながら、前作を知らない方が楽しめる不思議

噂と悪意の伝播

 

以下、内容に触れた感想となっております

 

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  • 都市伝説+社会問題ホラー

本作『キャンディマン』は、

キャンディマンという怪人の名前を鏡の前で5回唱えると、
殺しにやって来るという都市伝説と、

アメリカ社会における、黒人への人種差別という社会問題を絡めて描かれています。

 

「キャンディマン」の都市伝説の元になった、
オリジンの存在は、ダニエル・ロビタイル。

1890年代、
白人の富裕層相手に肖像画を描いていたロビタイルは、
モデルの白人と恋仲になった事で、
白人社会から凄惨なリンチを受け、殺された事から呪いが始まったと語られます。

また、
ウィリアム・バーグが幼少期(1970年代)に出会った「キャンディマン」、
シャーマン・フィールズも、警官に問答無用にボコられて殺害されます。

そして、本作のラストも、
無抵抗に横たわるアンソニーは、
駆け付けた警察官に、いきなり発砲されます。

 

これらの話はフィクションですが、
本作ではそれと同列に、

シセロの人種差別暴動や、
ウィリアム・ベルという実在の人物、事件も同列として語られ、

白人社会の黒人への偏見、差別の根強さは、
決してフィクションでは無く、
現在まで続く社会問題であるという事を提示しています。

 

それは、近年も、
「Black Lives Matter」の運動としても知られています。

 

細かいシーンですが、
終盤、
コインランドリーを訪れたブリアンナが、
ウィリアム・バーグに拘束されるシーンがあります。

ブリアンナは助けを求めますが、
コインランドリーの客の白人女性は、耳にイアホンをしていて気付きません。

このシーンは勿論、
黒人の窮地に、白人は無関心という事の暗示と言えます。

だってわざわざ、
低所得者向けの寂れたコインランドリーに、
わざわざ白人女性が一人で居るという事自体に、違和感がありますからね。

そういう細かい所まで気を遣っているのが、本作です。

 

  • 伝播する「都市伝説」という恐怖

『キャンディマン』のパンフレットの12ページ目、
製作の一人、イアン・クーパーが、
ジョーダン・ピールの言葉だとして語っている部分があります。

少し長いですが、引用してみます。

以下、引用文

「アメリカの黒人に対する循環的な性質と切り離せないものだと感じた。何かを聞き、何かを推測し、聞き間違え、誤解し、誤った情報で裏付けをとり、それらをすべてパッケージ化して、友人に語り継ぐという概念だ。その友人がいとこに伝え、そのいとこがまたその友人に伝える。これらは都市伝説の根幹であると同時に、アメリカで現実に起こっている暴力の連鎖に頻繁に拍車をかけるものである」
(以上「」内引用文。ただし、引用文内の赤字は本ブログ独自に付けました)

 

本邦には『リング』(1998)という都市伝説の伝播を扱った傑作ホラーがあります。

『リング』においては、
都市伝説(噂、情報)の伝播そのものこそ、
恐怖の拡散であり、暴力よりも恐ろしい「呪い」だと描かれていました。

『リング』を知ってか知らずか、
本作『キャンディマン』にも、
その概念が、物語の本質として描かれています。

 

物語中盤、
アンソニーが母のアンに、
自分の出自を尋ねるシーンがあります。

そこで、アンソニーは、
自分がかつて、
キャンディマンに生贄にされそうになったと語られます。

そのエピソードこそが、
初代『キャンディマン』の映画という訳です。

 

母のアンは、
コミュニティで口を閉ざし、
「キャンディマン(の都市伝説)」を封じ込めたと言いますが、
しかし、裏切り者が出たと察します。

それが、
1970年代に「キャンディマン」と出会った、
ウィリアム・バーグです。

バーグは「語り部」として、
「キャンディマン」の都市伝説をアンソニーに語り継ぎ、
結果、
アンソニー自身が次代の「キャンディマン」の名を引き継ぐ事になってしまいます。

 

いわば、
「キャンディマン」とは襲名制であり、

「語り部」により、
「都市伝説」が伝播される事で、
恐怖が拡散される概念、現象そのものと言えるのです。

 

本作では、
「キャンディマン」の犠牲になるのは、
その殆どが白人です。

画廊でSEXしようとするバカップル、
芸術批評家、
警官、

象徴的なのは、
スクールカースト高めの少女達が、
学校(とおぼしき場所)のトイレで「キャンディマン」を召喚する場面です。

 

そのシーンでは、
5人組の少女の内、
明らかにアジア系と思われる少女は、
途中でビビって名前を5回唱える前に退場し、

イジめられてるっぽい感じの黒人少女も、
個室に入っていた事で殺害される難を逃れていました。

で、
殺されるのは白人の4人。

これは、
「キャンディマン」が、ただの怪人では無く、
黒人の、白人社会に対する復讐の呪いであるという事を表しています。

 

しかし、黒人が殺される例外もあり、

それは、
幼少期のウィリアム・バーグの姉が、
召喚した「キャンディマン」に殺されるシーンです。

私が思うに、おそらく、
バーグがその例外であったのは、
彼が「語り部」としての役割を担わなければならない為なのではないでしょうか。

つまり、
愛する人の理不尽な死が、
リンチの末に非業の死を遂げる「キャンディマン」の無念を語り継ぐのに、
最良の魂の傷を負うという意味なのかもしれません。

それは、
アンソニーを目の前で殺され、
その後、警察の都合の良いストーリー(偽証)を強要されたブリアンナも同じで、

いわば、

リンチで非業の死を遂げたアンソニーが「キャンディマン」を継いだのと同時に、
ブリアンナは「語り部」を継いだという訳です。

 

「都市伝説」とは、さながら神話の様で、
信仰する信徒がいなければ、
神は存在し得ないのと同じように、

信じて恐怖する者がいなければ、
「都市伝説」も存在し得ないのです。

 

  • 初代を知らない方が、寧ろ楽しめる続篇

『キャンディマン』で、
特に面白いと思った仕掛けは、

本作が初代の続篇という立ち位置でありながらも、
寧ろ、
初代を知らない方が、「都市伝説」の伝播の不可思議さを体感出来るという点です。

 

映画の冒頭ブリアンナの弟のトロイが語るヘレンの噂、
これが、
ウィリアム・バーグが語る「キャンディマン(=シャーマン・フィールズ)」の話とゴッチャになって、

意図的に、ヘレン(初代の『キャンディマン(1992年版)』の主人公)が狂人だと誤認させられます。

しかし実は、
アンソニーの母アンの話にて、
ヘレンは呪いの発露では無く、抵抗者だったと知らされ、
事実が180度反転する、心許なさを味わう事になります。

 

初代『キャンディマン』を知っていたなら、
この噂話が事実と違うと知っていますが、

しかし、

初代を知らない観客が、そのまま本作を観ると、
誤った情報を前提として受け取ってしまい

例えば本作で言うと、
被害者であるヘレンを、加害者だと誤認してしまう事になるのです。

 

これこそ、
又聞きで得た、事実無根の噂話、都市伝説の伝播が、
暴力の連鎖となり、
それが、世代を超えた呪いとまで定着してしまうという恐ろしさの過程、

その発端を体感する事になるのです。

 

特に現代は、
SNSの発達により、
玉石混交の情報が飛び交う時代です。

それは、
現代の呪いであり、

実際、
いわれのない誹謗中傷のエスカレートにて、
プロレスラーの木村花さんは自殺し、

小室圭さんは、
生涯、それこそ死ぬまで叩かれているのです。

 

本作『キャンディマン』は、
都市伝説という恐怖の概念を紐解き、

そこに、丁寧に黒人差別という社会問題を組み込み、

それは、
加熱する誹謗中傷や、
誤情報の為に、永遠に認識に齟齬が発生したまま、
噛み合わない歯車のもどかしさを描いて居ます。

そういう社会問題への叛逆こそが「キャンディマン」であり、

そして、
本作を観た我々も、
「語り部」として都市伝説の問題点を提起しなければならないのです。

 

こういう、
良い頭で、計算されつくして作ったというのが、
如何にも、ジョーダン・ピールらしい作品と言えますね。

まぁ、彼が監督ではありませんがね!!

 

 

コチラは、初代のキャンディマン

 

 

 

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