映画『アンテベラム』感想  差別とは個人の主義では無く、それを受容する社会によって成り立つ

南北戦争時代のアメリカ。黒人女性のエデンは、逃走を煽動したと責められ、辱めを受けていた。
現代。博士号を持つヴェロニカは、黒人女性の地位向上の為、リベラルな社会学者として活動していた。夫と子供と暮らし、平和に生きて居た彼女だが、、、

 

 

 

監督は、ジェラルド・ブッシュクリストファー・レンツ
二人組で活動する映像作家。
本作が長篇映画初監督作品。

 

出演は、
ヴェロニカ/エデン:ジャネール・モネイ

彼/マザーズ上院議員:エリック・ラング
エリザベス:ジェナ・マローン
ジャスパー司令官:ジャック・ヒューストン 他

 

 

先日、「真・女神転生Ⅴ」が、ニンテンドースイッチで発売されました。

で、
前作の「Ⅳ」の時、万能属性最強魔法として、
「アンティクトン」という技が存在していました。

この響きの良い名前には由来があって、

太陽を挟んだ地球の反対側に、
「架空の」惑星があるという空想というか、妄想というか、

その架空の惑星を「反地球」と言い、
それをギリシャ語で言うと、「アンチクトン」と言うそうです。

いわゆる、あれです、
漫画『キン肉マン』に出て来るキャラクター、
「プラネットマン」の惑星バルカンの事ですよ。

 

で、「女神転生Ⅴ」には、
どうやらアンティクトンが無いようです。

まぁ、それがどうしたという話題ですが。

 

前置きが長くなった上に、
映画と何にも関係の無い話で恐縮ですが、

本作の題名「アンテベラム(Antebellum)」とは、
ラテン語で「戦前」(ante=~の前)(bellum=戦争)を意味し、

アメリカ合衆国の歴史においては、
南北戦争前の時代を差すそうです。

 

聞き慣れない、
意味不明に感じる言葉でも、

調べて見れば、
ちゃんと意味が込められているのですね。

 

そんな本作は、
元々、本国アメリカでは、2020年4月に公開予定だったそうですが、
コロナの影響で先延ばしにされ、

一向に公開目処が立たないために、
配信サービスで視聴可能となったそうです。

日本では、
目出度く劇場公開されましたが、

本作は、

コロナ以前と以降とでは、
映画産業が変わってしまうかもしれない、
その過渡期に直面した作品の一つと言えるのかもしれませんね。

 

そして、スリラー映画が豊富な今年の秋、

死霊館 悪魔のせいなら、無罪。
キャンディマン
ハロウィン KILLS
『アンテベラム』(本作)
マリグナント 狂暴な悪夢
ダーク・アンド・ウィケッド
ラストナイト・イン・ソーホー

連続して公開される作品群の一つとしても、
本作は注目です。

 

さて、ようやく、映画の内容ですが、

本作『アンテベラム』は、
二つの時代が舞台となった、スリラー映画。

最初、南北戦争時代から始めるのですが、

冒頭、
長回しで攻めつつ、
結構ハードな描写が映し出されます。

つまり、
その冒頭から、言いたい事は明確で、

本作は、
黒人差別の事を描いた作品と言えます。

 

最近では、
ジョーダン・ピール系統の作品、
ゲット・アウト』(2017)
アス』(2019)
キャンディマン』(2020)など、

映画というエンタテインメントの中に、
黒人差別という社会的問題をテーマとして落とし込んだ作品も作られてきていますが、

本作は、
もっと直接的な印象を受けます。

 

奴隷として働かされているエデンのパート、

そして、
現代で、黒人女性の社会的地位向上の為に活動している、
ヴェロニカのパート。

この二つの時代を対比、関連づける事で、

アメリカが抱える
人種差別意識という問題点を浮かび上がらせている作品と言えます。

 

 

なので本作は、
いわゆる、超常的な現象による恐怖というより、

社会が抱える闇を描いた、

漫画の『闇金ウシジマ君』みたいな恐ろしさのある作品と言えます。

 

南北戦争と言えば、
150年ほど前の話、

しかし、

その時代からの差別意識は、
未だに社会に残っているという、

この恐ろしさを描いた作品、
それが『アンテベラム』なのです。

 

  • 『アンテベラム』のポイント

リアル系人間怖いホラー

見えないだけで、差別は存在する

差別とは、個人の主義では無く、それを受容する社会によって成り立つ

 

 

以下、内容に触れた感想となっております

 

スポンサーリンク

 

  • 差別意識

本作『アンテベラム』にて描きたい事は明確で、
登場人物がご丁寧に台詞で説明してくれます。

それは、
差別は、「見えないだけで、未だ確かに存在している」という事、

そして、
差別とは、個人の主義では無く、
それを受容する社会によって成り立つという事です。

 

元々、映画や小説などの創作物というものは、

現実を、
フィクションという非現実で再構築する事で、
その問題点を浮き彫りにする効果がありますが、

『アンテベラム』は、
それを二重の意味で、
作中にて構築している作品です。

つまり、
本作の「南北戦争時代」は、作中劇という構成を取る事で、

未だに、
南北戦争時代の差別意識が、現代まで通底しているという現実を描いているのです。

 

黒人のヴェロニカは、
ホテルの掃除が甘かったり、
受付でぞんざいに扱われたり、
レストランでひどい席に案内されたり、

それは、
偶然では無く、
「黒人女性」だから、侮られている、

という社会問題に、
日々、晒されています。

 

それは、
あからさまな罵倒という形では無くて、

相手は、
無意識のレベルで、
「それが常識」とばかりに、行動している、

そこが悪質であり、

故に、
そんな相手には、
「自分の行動が差別だ」という事を認識させる必要がある

ヴェロニカの行動原理には、
そういう点があり、

それこそが、
本作が訴えたい事であるのです。

 

しかし中には、
自分の意識が悪だという事を、
決して認めない者達が居り、

その固執した意識の持ち主達を、
恐怖の存在として描いているのです。

 

  • 様々なサイン

『アンテベラム』においては、

そのテーマを登場人物に言わせたりして、
分かり易く伝えます。

それと同様で、

南北戦争時代が、
実は、現代に作られた拉致施設だという事を、
作中で隠す事はしません。

寧ろ、
ちょっとずつヒントを積み重ねて、

「さぁ観客は、いつ気付くかな?」
という、ミステリ仕立ての作品になっております。

 

でもまぁ、
予告篇にて、ほぼ、内容がバレているので、

あらかじめ予告を見て来た観客ならば、
早い段階で、ネタが割れると思います。

 

先ず、冒頭の場面にて、
「彼」が、エデンを鞭打つシーンがあります。

そこで「彼」は、
エデンに向かって「お前の名前は何だ?」と、
執拗に責め立て、

エデンの方も、
自分の名前を頑なに言おうとしません。

このやり取りで、
エデンには、生来の名前があって、
何らかの理由で、後から「エデン」と名乗る事を強要されているのだな
と、推測出来るシーンです。

 

「名前を変えさせる」という行為は、
その人物から、アイデンティティを奪うという事です。

つまり、
「あ、拉致監禁されてるのかな?」と思い至る訳です。

勿論、奴隷制度のある時代なので、そういうこともあるのかな?と考えられますが、
印象的なシーンなので、どうにも、気になるやり取りです。

 

他にも、
イーライ(タラサイ教授)が、
ジャスパー司令官の事を、「クラッカー」と呼ぶ場面があります。

「クラッカー」とは、
字幕では「=貧乏白人」と書かれていましたが、

そういうスラングが、
南北戦争時代にあったのか?
これも、奇妙な場面として印象に残ります。

 

また、
遠雷を聞き、作業の手を止める奴隷達の様子や、
(実は、遠雷では無く、飛行機の音)

プランテーションで栽培している、摘んだ綿花を、
焼却しているシーン、

新たにつれて来られた奴隷の女性が、
エデンに向かって、
「あなたが何者か知っている」と言ったり、
(つまり、有名人)

色々なヒントが鏤められて、

そこから突然、
スマホの着信音が鳴り響き、
現代のパートが始まります。

 

まぁ、予告篇を観て、
そして、
これらのヒントをもらった後なら、

あ、
これから、
ヴェロニカが拉致されて、エデンになるのかな?
と、ある程度推測出来るという構成になっています。

 

この構成は、

分かり易いながらも、
気付きの謎解きの面白さを提供しつつも、

その一方、

極端に先鋭化した差別意識の時代である
「南北戦争」の頃から、

実は、現代も地続きであり、
然程、その意識が変わっていないという、
現実的な恐怖感を描いてもいるのです。

 

日本では、あまり馴染みが無いかもしれませんが、

人種差別とは、
決して、海の向こうの話ではありません。

コロナが流行した昨今、

出身地により、
施設が、出入禁止なるという事態に、私も遭遇しました。

 

それは、
コロナを避ける為の、予防策でしょうか?

それとも、
出身地で、一律に、人を遠ざける、
差別でしょうか?

 

それを決めるのは、
個人ではありません、
その区別を、社会が受容するからこそ、差別が生まれる、

『アンテベラム』は、
そういう問題提起の作品だと、言えるのではないでしょうか。

 

 

 

スポンサーリンク