映画『オッペンハイマー』感想  伝記映画+ミステリ風味=流石のエンタメ作品!!

1954年、聴聞会の尋問を受けるロバート・オッペンハイマー。共産主義者と疑われ、彼は自分の人生を振り返りつつ語り出す。
1926年。アメリカから渡英し、ケンブリッジ大学で実証物理学を専攻していたオッペンハイマー。彼は尊敬するニールス・ボーアに勧められて、ドイツのゲッティンゲン大学へ留学し、理論物理学を学ぶ、、、

 

 

 

 

 

 

監督は、クリストファー・ノーラン
本作は第96回アカデミー賞にて、
作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞、撮影賞、編集賞、作曲賞の
7部門を受賞した。
長篇映画監督作に、
『フォロウィング』(1998)
『メメント』(2000)
『インソムニア』(2002)
バットマン ビギンズ』(2005)
『プレステージ』(2006)
ダークナイト』(2008)
『インセプション』(2010)
ダークナイト ライジング』(2012)
『インターステラー』(2014)
ダンケルク』(2017)
TENET テネット』(2020) がある。

 

原作は、
カイ・バード & マーティン・J・シャーウィン 共著の
『オッペンハイマー』。

 

出演は、
ロバート・オッペンハイマー:キリアン・マーフィー
キティ・オッペンハイマー:エミリー・ブラント
レスリー・グローヴス:マット・デイモン
デヴィッド・クラムホルツ:イジドール・ラビ
アーネスト・ローレンス:ジョシュ・ハートネット
ジーン・タトロック:フローレンス・ピュー
ロジャー・ロッブ:ジェイソン・クラーク
ニールス・ボーア:ケネス・ブラナー
アルベルト・アインシュタイン:トム・コンティ
ルイス・ストローズ:ロバート・ダウニー・Jr.

 

 

 

アメリカでは
2023年7月21日に公開された『オッペンハイマー』。

名実、共に評価される人気監督、クリストファー・ノーランの作品でありながら、
日本では公開未定のまま取り置かれていました。

理由はいくつかあります。

日本では、夏期に
広島平和記念日(所謂、原爆投下の日)が8月6日、
長崎に投下された日が8月9日であるが為に、

流石に、
それに合わせて「原爆の父の伝記映画」を公開するのは、
空気が読めなさすぎるだろうと、
配給会社が自主規制をしたと考えられます。

 

また、
同日に公開された『バービー』(2023)と共にヒットした為に、
アメリカに於いては
「バーベンハイマー」なる造語が作られ、

原爆のキノコ雲を背景に、
「肩にバービー人形を乗せたオッペンハイマー」のファンメイドのイラストがSNSで公開、
それに、映画公式が「イイネ」をした事から、
日本では反発と批判が巻き起こったという背景もあります。

(それを何故か、無関係の『ヴァチカンのエクソシスト』等のプロデューサー、ジェフ・カッツが、日本側に謝罪するという事態が起きたりしました)

 

しかし、
観ると解りますが、
作品自体は素晴らしいものであり、

次回のアカデミー賞本命と見込んで、
ほとぼりが冷めた頃、
即ち、
実際に、アカデミー賞の賞レースが終わった後に、
箔を付けてからの公開を目指そうと目論んだのでしょう。

 

その目算を見事に当たり、
本作は
作品賞、監督賞、主演男優賞など、
7部門で受賞するという大本命作品となり、

見事、日本公開に向けた追い風となりました。

 

さて、
先程さらりと言いましたが、

本作『オッペンハイマー』は面白いです。
現時点での、クリストファー・ノーランの集大成と言える作品です。

 

 

アクション映画では無いのに、
本作はIMAXカメラを随所に使っています。

また、
ノーラン監督お得意の、
観客を「煙に巻く」ストーリーテリング、

人物中心の物語、
異なる立場の思惑の交錯 etc…

今までの映画で駆使してきた
映画テクニックを総動員している感がありました。

 

とは言え、本作は
「原爆の父」と言われるオッペンハイマーを題材にした伝記映画なんでしょ
お堅いイメージだよね

と、思われるかもしれません。

 

それが違うのです。

確かに伝記映画、
しかし、非常にスリリングなストーリーテリングで、
エンタメ作品としても楽しめます

 

 

これは、流石のクリストファー・ノーラン映画。

編集、構成の妙で、
只の伝記映画に留まらず、
まるでミステリ作品を観ている様な、
スリリングな展開を披露します。

 

公開前に色々とミソが付いたり、
「原爆」を取り扱った映画である為、議論を巻き起こしたりしました。

しかし、
映画作品として、
本作は極上のエンタテインメントである事は事実。

『オッペンハイマー』は、
日本人なら尚更、
必見レベルの作品と言えるのではないでしょうか。

 

 

  • 『オッペンハイマー』のポイント

クリストファー・ノーラン監督の集大成

編集、構成の妙で、伝記映画をスリリングなエンタメに

原爆の扱いについて

 

 

 

以下、内容に触れた感想となっております

 

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  • 構成の妙で魅せる、ミステリ的な展開

本作『オッペンハイマー』は、
「原爆の父」と言われる、
ロバート・オッペンハイマーの人生を追った伝記映画です。

伝記映画というものは、
政治家であれ、芸能人であれ、ギャングであれ、
実話ベースという事で、
ある種の予定調和に収まり

まぁ、有り体に言ってしまうと、
面白く無いです。
それなり、な感じにまとまってしまいます。

 

しかし、
流石のクリストファー・ノーラン。

本作は、
構成の妙を見せつけ、
非常にスリリングなストーリーテリングにて、
エンタメ作品としても鑑賞出来るという、
稀有な作品に仕上がっております。

 

クリストファー・ノーランの初期の傑作、
『メメント』は、

時系列順のモノクロ映像、
時間を遡るカラー映像の2つのパートで描かれた作品です。

本作は、その雰囲気を踏襲し、

:オッペンハイマーの人生を順に追って、
原爆実験を成功させる「トリニティ実験」の場面を頂点とするカラーパート、

:オッペンハイマーの聴聞会と、
モノクロ映像で描かれる、ルイス・ストローズの公聴会の1954年のパート

の、
2つのパートが絡まりつつ描かれます。

 

これの凄い所は、
カラーパートはオッペンハイマーの視点であり、
モノクロ映像がストローズの視点なのですが、

物語の時系列は、
オッペンハイマーの過去から、
聴聞会(1954年)、公聴会の時間(1959年)まで、
縦横無尽に行き来し、

それに、思い出語りが加わる事で、
更に、時系列が混乱するのですが、

しかし、

観客は、
その乱れた時系列の混乱に引っ張られず、
ストーリーを容易く追えるという親切設計。

 

複雑なストーリーを、
観客に容易く理解させるというのは、

『メメント』や『インセプション』でも観せてくれたテクニック。

本作に於いては、
縦横無尽でありながら、
直前に語られた「エピソード」を順追いする事で、

時系列は混乱しながらも、
「物語」は繋がっているという形を採っています。

それ故、
観ている間は、
完全に理解する事無く、
しかし、混乱はしないという離れ業を成し遂げているのです。

いや~素晴らしい。

 

  • ストローズ目線

そんな本作の白眉は、
ストローズの腹の内が明かされるシーン

お!?流れ、変わったな、と思わせます。

構成としては、

「1」のオッペンハイマー目線の原爆開発のストーリーが一段落した直後、
時系列が「2」のストローズ目線のストーリーに追いついた場面。

「TIME」紙の記事を読んだスタッフ(?)に
「私に答えさせた事は、折り込み済みだったのか」と詰問されたストローズが
「本当の権力者は、裏から手を回すのだ」と返すシーンです。

 

「赤狩り」の標的になったオッペンハイマー。

これは、
裏から手を回したストローズが、
ボーデンやニコルスと手を組んで、オッペンハイマーを陥れる為に仕掛けたものだったのです。

しかもそれは、
アイソトープの輸出、水爆の開発での意見の相違、

そして、
初対面で、
オッペンハイマーがアインシュタインに自分の悪口を吹き込んだと「思い込んだ」
ストローズの私怨に基づくものだったと、
本作では描かれています。

 

ロスアラモスにて「マンハッタン計画」を主導したオッペンハイマー。

彼は既に、
科学者というより、ある意味、
政治家としての手腕で卓越したリーダーシップを発揮したと言えるでしょう。

故に、
野心家のストローズにとって、
潜在的にオッペンハイマーとは相容れない存在だったのではないでしょうか。

つまり、
過去にすねに傷ある存在であるオッペンハイマーを
敢えてブリンストン高等研究所の所長に任命したのは、
御しやすい(部分がある)という事を想定していたのかもしれません。

 

さて、
オッペンハイマーは聴聞会で尋問され、
ストローズは公聴会で証言をします。

聴聞会はクローズド、密室で行われますが、
公聴会は、一般公開されるという違いがあります。

同時期として描かれている様で、
実は、
オッペンハイマーの「赤狩り」の聴聞会は1954年、
ストローズの商務長官の任命における公聴会は1959で、
時間的にはズレているのです。

調べねば分からないですが、
知らなくとも、ストーリー上は問題無いのが、本作の凄い所です。

 

本作では「黒幕」的な立場で描かれるストローズですが、
しかし、
その事を念頭に入れて冒頭のシーンを改めて思い出すと、
初見時とは違った感想となります。

本作はその冒頭(から既に時系列が入り乱れますが)、
ストローズがオッペンハイマーを長官に迎え入れようとするシーンがあります。

そこでのオッペンハイマーは、
ちょっと鼻持ちならない、高慢な態度でストローズに接します。

作品冒頭、
「オッペンハイマーって、ちょっと失礼なヤツだな」と、
私はその時思いましたが、

しかし、
その後のストーリーでは、
オッペンハイマーの意地悪な態度が描かれる事はありません。

つまり、冒頭のオッペンハイマーとストローズの初対面のシーンは、
ストローズ目線のオッペンハイマー像が描かれているという訳です。

そして、
その印象のオッペンハイマー像を思い出し、
そこから、数々のエピソードを鑑みるに、
「成程、確かにこんなヤツなら相容れないワ」と、
ストローズ目線でも、後から納得出来る様に作られているというのが、

いや~凄い映画だよ。

 

  • 原爆描写

さて、
日本人である我々が本作『オッペンハイマー』を鑑賞するにあたって、
やはり、
「原爆」をどう描いているのか、という問題が気になります。

何しろ、
クリストファー・ノーラン監督は過去、
『ダークナイト ライジング』において、
お気楽な核爆発を描いたという前科があります。

本作ではどうだったのでしょうか?

 

ロバート・オッペンハイマーは、
原爆を世界で初めて開発した「マンハッタン計画」を主導した
「原爆の父」。

しかし、
水爆の開発には反対の立場を採りました。

それ故に、
ハリー・S・トルーマンに「あの泣き虫を、俺に二度と会わせるな」と言われたとか。

本作に於いては、
原爆の被害、その影響の幻視にオッペンハイマーは懊悩する様子が描かれます。

 

しかし、
原爆の被害、
放射能に晒された人体の悲惨さや、破壊された町並を直接描き出す事は避けています

映像を観て、
苦悩するオッペンハイマーの表情を映すのみです。

『ターミネーター2』(1991)のロングバージョンでは、
サラ・コナーの夢という形で核爆発の衝撃映像が描かれましたが、
そんな悲惨描写とは程遠いです。

 

これは、ある意味仕方の無い事です。

現代のアメリカの繁栄は、
第二次世界大戦を経て得たものです。

そして、その覇権を決定的にしたのが、
日本への原爆投下と言えるのではないでしょうか。

この、
現代まで続く覇権、繁栄は
=原爆投下であり、
アメリカ目線ならば、ある意味、目出度いセレブレーション(お祭り)なのです。

そこに配慮して、
原爆被害者の悲惨な実状を描くという事は避け
「やってやった」優越感を中心に描いたのです。

 

  • 無責任の所在

原爆描写と言えば、

『オッペンハイマー』においては、
そのクライマックスの一つに、「トリニティ実験」をもって行き、

実際の原爆投下は電話伝てでアッサリ描写されます。

これは、
原爆被害を描かないのと同様、
原爆加害をスペクタクルという形で描かなかったという面において、
ある意味、良心的だと感じました。

 

兵器を作った者が悪いのか、
使った者が悪いのか。

ハリー・S・トルーマンはオッペンハイマーに、
「歴史は誰も、お前の事なんか気にしない」
「兵器を作った者より、使った私を非難するだろう」と言います。

そして本作も、
科学者(オッペンハイマー)が主導した「実験」部分までが詳細に描かれ、
「実行」部分は意図的に省かれているのです。

 

とは言え、
オッペンハイマー目線で、彼が参加した「原爆投下の目標」設定の会議は本作では描かれます。

さて、

一応、
マンハッタン計画はナチスとの兵器開発競争という側面があったでしょうし、
本作では、
原爆の標的はナチスとも言われますが、
しかし、
実際の心理的な方向性としては、

地理的に遠いドイツよりも、
実際に戦争相手だった日本へと使う気満々だったと分かります。

ヒトラーが自殺した=ナチスの事実上の瓦解
だから、仕方無く、日本に標的を変更した、

とは言いつつも、
みんな、ウキウキで暗黙の了解、
原爆を使うなという前提すら無いのが面白い所です。

 

さて、この場面で面白いのは他にもあって、
明確に「こうしよう」と主導した者がおらず、

何となく、ふわっと、
流れで標的を決めた、みたいな描写になっている所です。

これは、重大事項であるが故に、
責任の所在を明確にしないという、
如何にも、政治家らしい処世術と言えます。

「京都は旅行で行ったので(候補から)外した」と、
即興で決めたり、
そういう個人の胸先三寸で歴史が左右されたと思うと、
ゾッとしつつも、興味深いシーンなのではないでしょうか。

 

目標に向かって突き進む熱気、
人間関係、
嫉妬と政治を描きつつ、
こんな所在の無い責任を描くというのもまた、
本作の面白い所です。

 

  • 豪華キャスト

本作『オッペンハイマー』は、
当代随一の映像作家であるクリストファー・ノーランの作品である為、

有名役者が多数出演しています。

 

ノーラン映画の常連であるキリアン・マーフィー
(『バットマン ビギンズ』『ダークナイト』『インセプション』『ダークナイト ライジング』『ダンケルク』)
が主演のオッペンハイマーを演じ、

過去の作品に出演歴のある
マット・デイモン(『インターステラー』)がレズリー・グローヴス
ケネス・ブラナー(『ダンケルク』『TENET テネット』)がニールス・ボーア
デヴィッド・ダストマルチャン(『ダークナイト』)がボーデン
トム・コンティ(『ダークナイト ライジング』)がアルベルト・アインシュタイン
を演じています。

他に、
チョイ役にも「あ、観た事ある!!」という役者が出演しており、
印象的なものに、
ケイシー・アフレック(ボリス・パッシュ)
デイン・デハーン(ケネス・ニコルス)
ラミ・マレック(デヴィッド・L・ヒル)
アレックス・ウルフ(ルイス・ウォルター・アルヴァレス)
ゲイリー・オールドマン(ハリー・S・トルーマン)などがあります。

 

ゲイリー・オールドマンは、
『バットマン ビギンズ』『ダークナイト』『ダークナイト ライジング』にて
メインキャラクターのジェームズ・ゴードンを演じていました。

また、
ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』(2017)にて
ウィンストン・チャーチルを演じ、
アカデミー賞の男優賞を受賞しています。

その彼が、
フランクリン・ルーズベルトの急逝からの
第二次世界大戦末期のアメリカ大統領を演じるたのは、
興味深い所ですね。

 

 

 

本作『オッペンハイマー』のラストシーンは象徴的です。

アインシュタインはオッペンハイマーに、
過去の栄光がある人物を称えるのは、
自分の為だ、
という様な趣旨の事を諭します。

そして、アインシュタインの「予言」通り、
オッペンハイマーは1963年に「エンリコ・フェルミ賞」(米国の物理学賞)を受賞し、
それにより名誉が回復した様な、

そんな描写が描かれます。

しかしそれは、
まるで『ダークナイト ライジング』のラストシーン、
アルフレッドの夢想した、ブルース・ウェインの安らかな生活が
夢なのか現実なのか判然としない様子と同じく、

オッペンハイマーの夢想なのか、
現実なのか判然としない様な印象を受けます。

 

そして、ラストシーン。
オッペンハイマーは原爆の開発にて、
物理学が世界を壊した
つまり、
世界の有り様が、
原爆以前と以降とで、
決定的に変わってしまったとアインシュタインに告げます。

これが図星である為に、
憤懣やるかたない表情でアインシュタインが立ち去ってしまうのです。

 

イジドール・ラビは
原爆の開発に関わろうという時に、
「物理学300年の集大成が、爆弾の開発か!」と懊悩を吐露します。

(同時に、まるでナチスと見紛う様な軍服の着こなしのオッペンハイマーを叱責するのは見所の一つ)

名声や、大義の為の裏に、
苦悩、懊悩、嫉妬や陰謀、残虐非道があり。

単なる伝記映画には留まらない、
人間ドラマの様々を、
スリリングな展開と構成の妙にて極上のエンタメ作品へと昇華した『オッペンハイマー』。

いやぁ~、本当に、凄い作品です。

 

 

コチラが、上中下とある原作本の、上巻です

 

 

 

 

 

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